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大津地方裁判所 平成7年(行ウ)11号 判決 1996年10月28日

原告

田村六郎

井上敏一

米村精二

右三名訴訟代理人弁護士

吉原稔

野村裕

玉木昌美

小川恭子

被告

山田豊三郎

右訴訟代理人弁護士

中村勲

被告

稲葉稔

右訴訟代理人弁護士

小澤義彦

主文

一  原告らの被告山田豊三郎に対する訴えのうち、別表④、⑥、⑧、⑩、⑫ないし⑰の支出に係る部分を却下し、その余の請求を棄却する。

二  原告らの被告稲葉稔に対する訴えを却下する。

三  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告山田豊三郎は、大津市に対し、金一四七三万七二五七円及びこれに対する平成七年一〇月四日より完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告稲葉稔は、滋賀県に対し、金一八七万八〇八二円及びこれに対する平成七年一〇月四日より完済まで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

(被告山田豊三郎)

1 原告らの被告山田豊三郎に対する訴えのうち、別表番号④、⑥、⑧、⑩、⑫ないし⑰の支出に係る部分を却下し、その余の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

(被告稲葉稔)

1 原告らの被告稲葉稔に対する訴えを却下する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  事案の概要

一  本件は、大津市及び滋賀県に在住する住民である原告らが、大津市あるいは滋賀県が、それぞれが主催者としてびわこ競輪場において高松宮杯特別競輪(以下「高松宮杯」という。)を開催施行するに際して高松宮の名称を使用することの謝礼として、被告市長が別表④、⑥、⑧、⑩、⑫ないし⑱記載の支出年月日に同表記載の支出金額の各公金を、被告知事が別表⑪記載の支出年月日に同表記載の支出金額の公金を、それぞれ高松宮家に支払ったこと(以下、前者を「本件大津市各公金支出」、後者を「本件滋賀県公金支出」、両者を併せて「本件各公金支出」という。)に関し、本件各公金支出が、憲法八条、皇室経済法二条等に違反する無効なものであって、大津市及び滋賀県が、高松宮家に対して、民法七〇四条に基づき右支払金に対する利息相当額の不当利得返還請求権を有しているにもかかわらず、大津市長である被告山田豊三郎(以下「被告市長」という。)及び滋賀県知事である稲葉稔(以下「被告知事」という。)が右支払金の返還を受けたものの利息について返還を求めないのは、地方自治法二四二条の「公金の徴収を怠る」場合に該当し、これによる損害は同法二四二条の二第一項四号所定の損害に該当するものであるとして、大津市及び滋賀県に代位して、被告市長及び被告知事に対して右利息相当額の損害賠償を請求した事案である。

二  争点

1  本件訴えの適否について

本件訴えが適法な監査請求を前置しているか(監査請求が、地方自治法二四二条二項所定の期間内に行われているか。)。

(一) 本件が、地方自治法二四二条二項による監査請求期間の制限を受けずに監査請求できる場合にあたるか。

(原告らの主張)

(1) 本件請求は、地方自治法二四二条の違法又は不当に公金の徴収を怠る場合に該当し、これによる損害は、同法二四二条の二第一項四号所定の損害に該当するものと解されるが、「怠る事実」については請求期間の制限は適用されない(最高裁昭和五三年六月二三日第三小法廷判決)から、本件においては、原告は、地方自治法二四二条二項による期間の制限なしに監査請求をすることができる。

(2) 本件は元本は返還したが利息は返還しないことを「怠る事実」とするものである。利息は元本に付随するものであるから利息が返還されるか否かは、元本が返還されてはじめて明らかになることである。また、利息は「支出の日から元本の返還の日」までの利息であるから、その利息の額は元本が返還されるまでは明らかでなく、元本が返還されてはじめて利息の額も確定するのである。その意味でも本件の利息の返還を求める請求は、最高裁昭和五七年(行ツ)第一六四号同六二年二月二〇日第二小法廷判決の事案とは異なり、まさしく地方自治法二四二条の「公金の徴収を怠る事実」であり、監査請求の期間制限の適用はない。

(被告市長の主張)

普通地方公共団体において違法に財産の管理を怠る事実があるとして地方自治法二四二条一項の規定による住民監査請求があった場合に、右監査請求が、当該普通地方公共団体の長その他の財務会計職員の特定の財務会計上の行為を違法であるとし、当該行為が違法、無効であることに基づいて発生する実体法上の請求権の不行使をもって財産の管理を怠る事実としているものであるときは、当該監査請求については、右怠る事実に係る請求権の発生原因たる当該行為のあった日又は終わった日を基準として同条二項の規定を適用すべきものと解するのが相当である(前掲最高裁昭和六二年二月二〇日判決)。しかるに、本件に関する原告らからの監査請求は平成七年九月二五日になされたものであり、別表④、⑥、⑧、⑩、⑫ないし⑰記載の各支出行為(以下「平成六年三月以前の本件大津市各公金支出」という。)に関する監査請求は、右監査請求期間一年を経過して行われたものである。したがって、平成六年三月以前の本件大津市公金支出が違法、無効であることを理由とする被告市長に対する訴えは、いずれも適法な監査請求の前置を欠く不適法なものである。

(被告知事の主張)

被告市長が右で主張するとおり、当該監査請求については、怠る事実に係る請求権の発生原因たる当該行為のあった日又は終わった日を基準として同条二項の規定を適用すべきである。しかるに、被告知事の本件滋賀県公金支出に関する監査請求は、支出行為のあった日から一年を経過して行われたものである。したがって、被告知事に対する訴えは、適法な監査請求の前置を欠く不適法なものである。

なお、利息請求権も前掲最高裁昭和六二年二月二〇日判決にいう実体法上の請求権に当たるのはいうまでもなく、元本の返還を求めるとともに利息についても請求することは何ら妨げられないのであるから、利息についてのみ地方自治法二四二条二項の適用がないということはできない。

(二) 地方自治法二四二条二項のいう「行為が終わった日」とはいつか。

(原告らの主張)

(1) 本件は高松宮杯が開催される間、毎年継続して行われてきた組織的継続的行為であって、その開始の時から終了に至るまで一連の行為が継続しているものと考えるべきであるから、平成六年度分の支出行為の時(平成七年三月)が「行為が終わった日」であり、監査請求はその日から一年以内に行われている。

(2) 元本は支出の時から明確であるが利息は元本の返還によってはじめて額が明確になることから、利息請求権にとっての「行為が終わった日」とは支出の時ではなく、元本の返還のとき、本件においては平成七年一〇月三日と考えるべきである。

(被告市長の主張)

高松宮杯の施行された年度毎に支払いがなされていた独立の支払い行為を、ことさらに継続的行為であると捉える余地はない。

(被告知事の主張)

別表⑪記載の滋賀県の本件支出は、昭和六二年度の滋賀県予算に基づいてなされた一個独立の財務会計上の行為であって、もしこれに違法不当な点があれば直ちに監査請求することを妨げられないのであるから、平成六年度の大津市の支出行為の日をもって監査請求期間の起算日としなければならない理由はない。

(三) 監査請求が本件各支出行為のあった日から一年を経過した後にされたことについて地方自治法二四二条二項但書にいう「正当な理由」があったといえるか。

(原告らの主張)

個々の公金支出の時をもって、行為のあった日又は終わった日と考えるとしても、原告らは、「違憲かつ、違法無効であり、返還を求めるべき支出」が行われたことを平成七年九月中旬ころの新聞報道ではじめて知ったものである。本件各公金支出は、その支出項目は報酬費とされ競輪事業特別会計の予算に計上されていたとはいえ、それが「高松宮家への謝礼金である」との説明は一切なされず、かつ、予算書にもその旨が記載されていなかったのであるから、高松宮家にこれら支出がされたこと及びそれが違法無効であることについては到底知ることができなかった。したがって、本件においては、右新聞報道がなされた平成七年九月から監査請求期間を起算すべきであり、本件各監査請求には行為のあった日又は終わった日から一年以内に請求できなかったことに正当の理由がある。

(被告市長の主張)

大津市施行の高松宮杯に関して高松宮家に謝礼金が支払われている事情については、既に昭和六三年の大津市議会においても質疑があり、その支払いに関する理事者側の答弁がなされており、それらの質疑・応答は大津市議会会議録として広く公開されていた。これら事情に照らしても、原告らの監査請求の請求期間の徒過に正当な理由があると解する余地はない。

(被告知事の主張)

地方自治法二四二条二項但書にいう「正当な理由」の有無は、特段の事情がない限り、普通地方公共団体の住民が相当の注意力をもって調査したときに客観的にみて当該行為を知ることができたかどうか、また、当該行為を知ることができたと解される時から相当な期間内に監査請求をしたかどうかによって判断すべきものである(最高裁昭和六二年(行ウ)第七六号同六三年四月二二日第二小法廷判決)。

本件支出は、滋賀県公営競技事業特別会計予算の「報償費」に計上されていたものであり、具体的な支出先、支出目的等は記載されていないけれども、このことは予算の議決及び決算の認定手続としては通常かつ標準的な方法であり、他の経費と比較しても何ら異なるところはなく、関係者が当該行為をことさらに隠蔽したり、秘密裡に行ったりした事実はないのであるから、住民が相当な注意力をもって調査すれば当該行為を知ることができたものである。

しかも、高松宮杯は、昭和六三年まで滋賀県と大津市において隔年毎に主催してきたものであるところ、大津市議会会議録によれば、昭和六三年一二月の市議会定例会において、高松宮家に対する報償金の支出に関する質問及び答弁のあったことが記録されており、議会や会議録は公開されているのであるから、遅くともこの時点において相当な注意力をもって調査すれば当該行為のあったことは容易に知ることができたものであるにもかかわらず、本件滋賀県公金支出に関する監査請求はこの時点から既に六年余りの年月が経過してからなされている。

したがって、本件滋賀県公金支出に関する監査請求が同支出のあった日から一年を経過した後になされたことについて、同項但書にいう正当な理由があるということは到底できない。

2  本案請求の可否

(原告らの主張)

(一) 被告市長は、東京都港区高輪一丁目一四番一号所在の高松宮邸を訪問し、高松宮家に対し現金を交付して、本件大津市各公金支出を行った。

被告知事も、高松宮邸を訪問し、高松宮家に対し現金を交付して、本件滋賀県公金支出を行った。

これは、昭和六三年まで滋賀県と大津市が隔年に、平成元年以降は大津市が毎年単独で主催して、びわこ競輪場において高松宮杯を開催施行することの謝礼として高松宮家に譲与(交付)し、高松宮家もこの趣旨で受領したものである。

右各公金の譲与(交付)はいずれも、一六〇万円を超える皇族への財産の譲り渡しにあたり、憲法八条、皇室経済法二条、同法施行法二条により、譲り渡しの都度事前に国会の議決を経ることが必要とされているところ、これに違反して国会の議決を経ることなくなされた違憲違法で無効なものである。したがって、大津市及び滋賀県は、高松宮家に対し、不当利得返還請求権として、譲与した金員の返還請求権を有するところ、平成七年一〇月三日、宮内庁と高松宮家は、大津市から譲与された合計額の元本六四五〇万円を大津市に、滋賀県から譲与された合計額の元本一五二〇万円を滋賀県に返還した。

しかし、高松宮家は右各公金の譲与について国会の議決が必要なことを知っていたはずであり、知らなかったとしてもそのことに重大な過失があるから、民法七〇四条の悪意の利得者にあたり、民法七〇四条により元本のほかに受け取った日から返還の日までの間、民法所定の年五パーセントの利息を大津市と滋賀県に返還する義務がある。

大津市と滋賀県が高松宮家に対し、民法七〇四条に基づく利息分についての不当利得返還請求権を有するにもかかわらず、被告市長と被告知事が、高松宮家に対し、右利息相当額の返還を求めないことは地方自治法二四二条の「公金の徴収を怠る」場合に該当し、これによる損害は、同法二四二条の二第一項四号所定の損害に該当するから、大津市は被告市長に対し、滋賀県は被告知事に対し、それぞれ本件請求額の損害賠償請求権を有する。

(二) 本件各公金支出は、前記(一)のとおり憲法八条、皇室経済法二条等に違反する上、公営ギャンブルにおいて皇室の権威を利用して売り上げを伸ばすことを目的とするものであって、憲法が禁止する「皇室を経済的に利用する」ことにあたり、また、宮杯の授与はスポーツや公益事業の振興を目的とするのが建前であって多額な公金によるお礼を出す性質のものではないことなどからすれば、その支出自体が公益性を欠く違法なものである。

被告市長及び被告知事は、憲法その他の関係法規を調べ、関係官庁に問い合わせる等していれば、本件各公金支出が違法なものであることを知ることができたはずであり、知らなかったとすれば重大な過失がある。

本件各公金支出は、不法行為としての要件も充たしており、被告両名はその公金支出により大津市と滋賀県に損害を与えたこととなる。元本が返還されても、それまでの間、大津市及び滋賀県においてこの資金を正常に運用していれば、民法四〇四条所定の利息金相当の利益を得たものであるから、逸失利益の損害として、大津市は被告市長に対し、滋賀県は被告知事に対し、それぞれ本件請求額の不法行為に基づく損害賠償請求権を有する。

(三) 原告らは滋賀県及び大津市に在住する市民であり、地方自治法二四二条の二に基づき、滋賀県及び大津市が被告両名に有する(一)又は(二)の損害賠償請求権を代位請求するものである。

(被告市長の主張)

別表⑱記載の支払金一〇〇〇万円に対する支払い日の翌日である平成七年三月三〇日から同年一〇月三日までの年五分の割合による利息相当損害金及びその遅延損害金については、被告市長がこれを平成八年二月二一日その全額を大津市に弁済し、同金員は大津市において収納している。したがって、別表⑱記載の支出に係る原告ら主張の損害賠償請求権は既に消滅している。

第三  争点に対する判断

一  本件訴えの適否について

被告の本案前の主張に鑑み、原告らの被告市長に対する訴えのうち平成六年三月以前の本件大津市各公金支出に係る部分及び被告知事に対する訴えが、地方自治法二四二条所定の適法な監査請求手続を経たものであるか否かについてまず検討する。

1  争点1(一)について

普通地方公共団体において違法に財産の管理を怠る事実があるとして法二四二条一項の規定による住民監査請求があった場合に、右監査請求が、当該普通地方公共団体の長その他の財務会計職員の特定の財務会計上の行為を違法であるとし、当該行為が違法、無効であることに基づいて発生する実体法上の請求権の不行使をもって財産の管理を怠る事実としているものであるときは、当該監査請求については、右怠る事実に係る請求権の発生原因たる当該行為のあった日又は終わった日を基準として同条二項の規定を適用すべきものと解するのが相当である。けだし、法二四二条二項の規定により、当該行為のあった日又は終わった日から一年を経過した後にされた監査請求は不適法とされ、当該行為の違法是正等の措置を請求することができないものとしているにもかかわらず、監査請求の対象を当該行為が違法、無効であることに基づいて発生する実体法上の請求権の不行使という怠る事実として構成することにより同項の定める監査請求期間の制限を受けずに当該行為の違法是正等の措置を請求し得るものとすれば、法が同項の規定により監査請求に期間制限を設けた趣旨が没却されるものといわざるを得ないからである(前掲最高裁昭和六二年二月二〇日判決・民集四一巻一号一二二頁)。

そこで、これを本件につき検討するに、乙一号証、丙一号証によれば、原告らは、被告市長の本件大津市各公金支出、被告知事の本件滋賀県公金支出いずれの関係の監査請求(以下「本件各監査請求」という。)においても、被告両名が高松宮家に対して公金を支出したことは違法、無効であって、大津市及び滋賀県が高松宮家に対し、民法七〇四条に基づく不当利得返還請求権として交付した金員及びそこから生じた利息の返還請求権を有しているにもかかわらず、被告両名が、高松宮家に対し右利息等の返還を求めないことは地方自治法二四二条の違法又は不当に公金の徴収を怠る場合に該当するとして、被告両名に対し、大津市あるいは滋賀県に生じた損害を回復する措置を求めていたことが認められるのであって、本件各監査請求は、いずれも被告市長又は被告知事の財務会計上の行為である公金支出を違法であるとし、公金支出行為が違法、無効であることに基づいて発生する不当利得請求権の不行使をもって財産の管理を怠る事実とするものにほかならない。よって、本件においては、原告らが違法であると主張している各公金支出行為のあった日又は終わった日を基準として、同条二項の規定する期間内に本件各監査請求が行われているか否かを検討すべきである。

なお、原告らは、利息の額は元本が返還されるまでは確定しないから、元本の返還請求を怠る事実を監査の対象とするのではなく、利息を返還しないことを「怠る事実」とする本件各監査請求においては、監査請求期間の制限を受けないと主張している。しかし、本件において原告らが主張している利息返還請求権も、高松宮家に対する各公金支出が違法、無効であることを前提として発生するものであり、利息額が確定していなくとも元本とともに元本支払い済みまでの利息の返還を求めることは可能であるから、本件各公金支出の終了した時点から直ちに、被告市長や被告知事に対し高松宮家に支払った金員の元本とともに利息の返還請求を行う等の措置をするよう求める監査請求をすることは可能である。したがって、支出された公金の元本の返還を請求する場合と利息の返還を請求する場合とで監査請求期間の制限の点で別異に扱うべき理由はなく、原告らの主張は採用できない。

2  争点1(二)について

地方自治法二四二条二項が監査請求につき「前項による請求は、当該行為のあった日又は終わった日から一年を経過したときは、これをすることができない。ただし、正当な理由があるときは、この限りでない。」と規定して期間制限を付しているのは、普通地方公共団体の執行機関、職員の財務会計上の行為は、たとえそれが違法・不当なものであったとしても、いつまでも監査請求ないし住民訴訟の対象となり得るとしておくことが法的安定性を損ない好ましくないので、なるべく早期に確定させようとの趣旨からであり、右期間の起算点を「当該行為のあった日又は終わった日」と規定したのは、その時点から、監査の対象が特定し確定されることによりその違法性、不当性を監査し判断できるようになり、客観的にみて住民が監査請求しうる状態になるからであると解される。したがって、監査請求期間遵守の有無は、監査請求の対象となりうる各個の財務会計上の行為毎に判断すべきである。

そこでこれを本件につき検討するに、本件大津市各公金支出及び本件滋賀県公金支出においては、各自の支出行為がそれぞれ別個独立の財務会計上の行為であって、もしこれらに違法不当な点があれば各行為がなされた後直ちに住民が監査請求できる状態になるから、右の各支出行為が行われた日がそれぞれの公金支出について「当該行為のあった日」にあたるというべきである。したがって、本件各公金支出に係る支出行為すべてを一連の行為が継続しているものと考え、別表⑱記載の大津市の平成六年度分の支出行為の時(平成七年三月)をもって「行為が終わった日」とみるべきとする原告らの主張は採用できない。

また、原告らは、利息は元本の返還によってはじめて額が明確になることから、利息返還を請求する監査請求においては、「行為が終わった日」とは支出の時ではなく、元本の返還のときと考えるべきであると主張するが、前記1項で記載のとおり、利息額がいまだ確定していなくとも、当該行為の終了した時点から直ちに利息返還請求の措置を取るよう求める監査請求を行うことは可能であるから、監査請求において利息返還請求措置を求める場合と元本返還請求措置を求める場合とで「行為が終わった日」を別異に解すべき理由はなく、原告らの右主張は採用できない。

3  争点1(三)について

(一) そこで、さらに、原告らが、本件各公金支出に関し、それぞれの支出完了の日から一年以内に監査請求をしなかったことについて、原告らに地方自治法二四二条二項但書所定の「正当な理由」があったか否かを検討する。

(二) 同項本文の監査請求期間制限の趣旨は、前記2項記載のとおりであるところ、当該行為が普通地方公共団体の住民に隠れて秘密裡にされ、一年を経過してからはじめて明らかになった場合や、天変地変等による交通途絶により請求期間を徒過したような場合にまで、右の趣旨を貫くことは相当でないことから、同項但書は、「正当な理由」、があるときは、例外として、当該行為のあった日又は終わった日から一年を経過した後であっても、普通地方公共団体の住民が監査請求をすることができるとしている。

したがって、普通地方公共団体の住民が相当の注意力をもって調査したときに客観的にみて当該行為を知ることができるにもかかわらず、当該行為を知ることができたと解される時から相当な期間内に監査請求をしない場合には、当該行為が秘密裡にされた場合であっても、特段の事情のない限り、「正当な理由」があるとはいえないと解される(参照 前掲最高裁昭和六三年四月二二日判決・裁判集民事一五四号五七頁)。ましてや、当該行為がことさらに秘密裡にされたという事情がない場合に、住民が相当の注意力をもって調査したときに客観的にみて当該行為を知ることができるにもかかわらず、当該行為を知ることができたと解される時から相当な期間内に監査請求をしない時には「正当な理由」はないといわざるをえない。

(三) そこで、これを本件についてみるに、甲一ないし五号証、七号証の1ないし5、八号証の2、一〇号証、乙一、二号証、丙一号証、原告米村精二の本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(1) 原告らは大津市の住民であって、原告米村精二においては、政党の公認で大津市議会議員選挙に立候補した経験を有し、労働組合の役員をしていた関係から大津市議会議員や滋賀県議会議員の数名と話し合いを持ったこともあり、大津市議会議員高田敬子とも七、八年前から面識があったが、県や市の予算の執行状況について一般に住民に先んじてその内容を知りうる公職にある者ではなかった。

(2) 被告市長は、昭和五五年七月に大津市長に就任し、被告知事は、昭和六一年七月に滋賀県知事に就任した。

(3) 昭和六三年までは滋賀県と大津市が一年交替で主催し、平成元年からは大津市が単独で主催する形で、滋賀県大津市二本松所在のびわこ競輪において高松宮杯が毎年開催施行されていた。右高松宮杯の開催施行に関し、高松宮の名称を使用することの謝礼の趣旨で、滋賀県及び大津市は、別表記載のとおりの支出年月日、支出金額の公金を高松宮家に対し支払っていた。被告市長は、大津市市長就任後、本件大津市各公金支出を、被告知事は、滋賀県知事就任後、本件滋賀県公金支出を行った。

(4) 本件大津市各公金支出は、いずれの支出も、会計予算上「款 競輪事業費、項 開催費、目 開催費、節 報償費」として計上され、大津市各会計予算説明書(甲七号証の1ないし5)には「節 報償費」の金額が一括して記載されるのみで、同節の内訳や高松宮家への公金支出が含まれる旨の記載はなかった。

本件滋賀県公金支出は、会計予算上「款 公営競技事業費、項 開催費、目競輪事業費、節 報償費」として計上され、昭和六三年二月滋賀県議会定例会予算に関する説明書(甲八号証の2)には「節 報償費」の金額が一括して記載されるのみで、同節の内訳や高松宮家への公金支出が含まれる旨の記載はなかった。

(5) 昭和六三年一二月一五日、大津市議会一二月定例会において、大津市議会議員高田敬子が、高松宮杯開催施行の名義料として大津市から高松宮家に対し当時毎年五〇〇万円が支払われていることを指摘し、この金額が社会通念に照らして高額に過ぎるのではないかという趣旨の質問を行ったところ、同市の経済部長が、この質問を受けて、高松宮家への名義料は同市の予算では報償費の中から支出しており金額は適当だと思っている等の説明を行った。この質疑応答は、滋賀県大津市議会一二月定例会会議録第二四号(乙二号証)に掲載されたが、大津市議会が発行し大津の住民に配付された平成元年二月一日付「おおつ市議会だより第二八号」(甲一〇号証)には掲載されなかった。

(6) 平成七年九月一七日付の朝日新聞紙上で、大津市及び滋賀県が高松宮杯開催のお礼として高松宮家に毎年現金を支払っていたことが報道され、同月二四日付の朝日新聞紙上では、高松宮家が現金を受取った趣旨如何によっては右現金授受は皇室経済法に違反することになる旨の記事が掲載された。以後、複数の一般新聞紙上で、高松宮杯開催の謝礼としての高松宮家への公金支出を問題視する報道がなされた。

(7) 同月二八日、宮内庁長官は、高松宮家が大津市及び滋賀県から高松宮杯開催に関する謝礼金を受け取っていたことについて、この現金授受が皇室経済法の定める手続を経ていない違法なもので、法的に無効な行為であると説明し、高松宮家がこれまでに受け取った金額全額を返還すると発表した。

同年一〇月三日、高松宮家は、滋賀県に対し同県から譲与された金員の元本額にあたる一五二〇万円を、大津市に対し同じく元本額にあたる六四五〇万円を返還した。

(8) 原告らは、大津市監査委員に対し平成七年九月二五日付で、本件大津市各公金支出について大津市が被った損害を回復する措置をとることを求める監査請求を行ったところ(同年一〇月二日受理)、同委員は原告ら請求人に対し、平成六年三月以前の本件大津市各公金支出に関する監査請求を却下し、別表⑱記載の支出に係る監査請求を理由がないものとして棄却する旨を通知した

(9) 原告らは、滋賀県監査委員に対し同年一〇月九日付で、本件滋賀県公金支出を含む滋賀県の高松宮家に対する公金支出について滋賀県が被った利息相当額の損害を回復する措置をとることを求める監査請求を行ったところ(同月一六日受理)、同監査委員は、原告ら請求人に対し右監査請求を却下する旨の通知をした。

(四)  右(三)で認定した事実関係をみるに、本件各公金支出は、いずれも会計予算上前記(三)(4)認定のとおり競輪事業費中の「節 報償費」に計上され、その内訳や具体的な支出先等は会計予算説明書等に記載されていないが、右節の他に本件各公金支出を計上するにふさわしい予算科目が設けられていたともいえないことや、予算の議決や決算認定の手続において、通常、予算科目である「節」すべてについてその内訳や個別具体的な支出先、支出内容等が説明されるものではないことからすれば、右の事情をもって、他の通常の公金支出と比較して異なる取扱いがされていたとはいえず、被告両名を含む滋賀県及び大津市の職員が本件各公金支出をことさらに隠蔽したというべき事情は窺われない。

本件各公金支出が、会計予算上「節報償費」というそこから直ちに高松宮家に対して公金が支出されている事実が窺い知れるわけではない予算科目に計上され、議会において右「節 報償費」の内訳が説明されなかったという事情があるとしても、高松宮家に対する各公金支出の事実が特に秘密にされていたわけではないから、原告らは、県議会及び市議会の予算や決算に関する審議を傍聴しあるいはその会議録や会計予算説明書等を入手した上で、大津市各会計予算説明書記載の「款 競輪事業費、項 開催費、目 開催費、節 報償費」及び滋賀県議会定例会予算に関する説明書記載の「款 公営競技事業費、項 開催費、目 競輪業費、節 報償費」の内訳や具体的な支出先を担当部局に尋ねるなどして、高松宮家に対して公金支出が行われている事実を知ることは不可能ではなかった。しかも、本件においては、前記(三)(5)で認定したとおり、昭和六三年一二月一五日、大津市議会の定例会において、市議会議員から、高松宮杯開催施行の名義料として大津市から高松宮家に対し五〇〇万円が支払われていることを指摘し問題視する質問がなされていたのであり、右議会及びその会議録(乙二号証)は公開されているのであるから、原告らは、相当な注意力をもって調査すれば、遅くとも、大津市議会で右質疑応答のあった昭和六三年一二月一五日から相当期間内には、大津市及び同市と一年交替で高松宮杯を主催し開催していた滋賀県が、高松宮家に対し五〇〇万円あるいは同程度の金額の公金を毎年支出してきたことなどを知ることができたはずである。

しかし、前記(三)(7)、(8)で認定したとおり、原告らは昭和六三年一二月一五日から六年余も経過した時点ではじめて本件各監査請求を行ったのであるから、前記(二)の判示に徴すれば、原告らの平成六年三月以前の本件大津市公金支出に係る監査請求及び本件滋賀県公金支出に係る監査請求は地方自治法二四二条但書にいう「正当な理由」があるということはできない。

(五) なお、原告らは、右高田議員の質問は、支出が社会常識的に高額であることを問題とするものであって、国会の議決を経ていないことや憲法八条、皇室経済法二条に違反することを指摘したものではなかったので、原告らは、たとえ本件各公金支出の存在を知ることができたとしても、右市議会での質問の時点では、これら公金支出が国会の議決を経ていないがゆえに違法無効なものであること、あるいは、被告市長及び被告知事が国会の議決を経ていないことを知っていたこと又は知りうべきであったことを知ることはできず、平成七年九月中旬の新聞報道によってはじめて本件各公金支出が違法なものであることを知ることができ、本件各監査請求を行うことが可能になったと主張する。

確かに、前記(二)で判示した「住民が相当の注意力をもって調査したときに客観的にみて当該行為を知ることができる」場合とは、当該行為の存在のみならず、当該行為が違法、不当であることを基礎付ける事実も含めて知ることができる場合を指すと解すべきであるが、本件においては、前記(三)(5)で認定した昭和六三年一二月一五日の大津市議会における質疑応答によって「高松宮杯開催の名義料として高松宮杯の主催者である大津市から高松宮家に対して毎年公金が支出されており、近年の支出額は一回につき五〇〇万円である」ことを知ることができるのであり、この程度の事実を知れば、相当の注意力をもってすれば、右公金支出が憲法八条等に抵触する可能性があること、滋賀県においても同様の趣旨で高松宮家に公金を支出している可能性があることなどを想起できるはずであり、これら公金支出について国会で議決がなされているか否かを調査することも困難ではない。

したがって、原告らは、相当な注意力をもって調査すれば、前記のとおり、遅くとも、昭和六三年一二月一五日から相当期間内には本件各公金支出をその違法性、不当性を基礎付ける事実とともに知ることができたといえる上、以上の事実を知れば、被告両名が本件各公金支出が違法であることの認識を有していたか否かを知らなくとも、本件各公金支出について違法是正の措置を求める監査請求は可能であったといえるから、原告らの右主張は採用できないというべきである。

(六) 以上より、原告らの、平成六年三月以前の本件大津市公金支出に係る監査請求及び本件滋賀県公金支出に係る監査請求は、適法な監査請求期間内に行われたものとはいえず、被告市長に対する訴えのうち別表④、⑥、⑧、⑩、⑫ないし⑰の公金支出に係る部分及び被告知事に対する訴えは、不適法として却下を免れない。

二  本案に対する判断

乙三号証の1ないし3によれば、被告市長は、平成八年二月二一日に、別表⑱記載の一〇〇〇万円の支出金に対する支払日の翌日である平成七年三月三〇日から同年一〇月三日までの年五分の割合による利息相当損害金として二五万七五三四円及びこれに対する同月四日から平成八年二月二一日までの年五分の割合による遅延損害金として四九七四円の合計二六万二五〇八円を、大津市に納付し、大津市においてこれを収納したことが認められる。したがって、その余の点を判断するまでもなく、別表⑱記載の公金支出に係る原告ら主張の損害賠償請求権が存在しないことは明らかである。

よって、原告らの被告市長に対する訴えのうち別表⑱記載の支出に係る部分の請求には理由がなく、棄却を免れない。

三  以上により、本件訴えのうち、被告市長の別表④、⑥、⑧、⑩、⑫ないし⑰の各公金支出に係る部分及び被告知事の公金支出に係る部分は、いずれも不適法であるからこれらを却下することとし、被告市長に対する別表⑱の公金支出に係る請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官鏑木重明 裁判官森木田邦裕 裁判官山下美和子)

別表<省略>

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